「どうしてこのブランドはもっと騒がれないのだろう?」
日本のマーケットでの扱われ方を見ていて日ごろ疑問に感じていたブランド、M2TECH。イタリアのピサを拠点にする工房規模のメーカーです。
ファイル再生の黎明期、まだ“PCオーディオ”という言葉を使っていた時代。USBインプットを持たないレガシーD/AコンバータとPCの接続を安定的に実現した、HiFaceというスティック型USB to SPDIF D/Dコンバータでブランド名を認識なさっている方も多いかと。ここ最近では、新旧多彩なEQカーブを実装したデジタルフォノイコライザーJOPLIN mk2の露出が大変高いと思います。ちょっとニッチなところをピンポイントに狙い撃ちしてくるデジタルスペシャリスト的なイメージが先行するブランドと言えましょう。
そんなマニアックブランドなイメージは確かにM2TECHの姿を表すわけですが、それはある一面に過ぎません。ブランド名を一旦置いておくと、イタリアンオーディオメーカーをはじめとした様々なヨーロッパブランドに対してデジタル機器の設計支援を行っていたり、ヨーロッパのオーディオ業界では陰になり日向になりと活躍するメーカーなんです。私たちが気が付かないうちに、実はM2TECHの息の掛かった別ブランドの製品を聴いているはず・・・。
前述のニッチなデジタル機器だけでなく、USBDACをはじめとしたデジタルカテゴリに当たる王道製品のサウンドクオリティ、これが大変素晴らしいのも特筆すべき点。イタリアンブランドらしい華やかさは、M2TECHの製品全てに通ずる魅力です。また外部クロックやD/Dコンバータのラインナップは、さすがにデジタルスペシャリストの観が覗えるのです。
デジタルスペシャリストにも関わらず、主催者のマルコさん、実はプライベートでは大のアナログオーディオマニア。アナログも単にレコードだけでなく、テープメディアに至るまでが守備範囲。要は、デジタルの持ちうる可能性や高い利便性も、アナログの替え難い魅力も、共に理解をしているが故のサウンドチューン。単なるマニア的視野とは質を異にするご見識をお持ちのよう。ハイレゾ時代になって、オーディオ製品も音源も共に高解像度デジタルを意識し過ぎたと思しきものがチラチラ見られるご時世。M2TECHの手掛ける製品は、程よいバランスを保った大変趣味性の高いクオリティを有していると思うのです。
さて、これまでフロントエンド側を中心に製品展開していたM2TECHが、今年気になる動きを見せ始めました。それが、パワーアンプのリリースです。CROSBYと名付けられたこのパワーアンプ、大変な意欲作と見えまして、総合ハイファイオーディオメーカー志向すら見え隠れする野心作と言えましょう。
▽総合ハイファイオーディオメーカー志向の表れ? Rockstarシリーズ パワーアンプ CROSBY
M2TECHのハイクラスレンジ、Rockstarシリーズ。この一角でボトムを支えるのがCROSBYです。その昔のヨーロッパハイファイと同じ王道的サイズ感にまとめられた筐体は、横幅200mm・高さ50mm。この大きさのシャシーサイズをこよなく愛するオーディオファイルの皆様も、まだまだ多かろうと思うのです。
出力段は、最新版のICEPOWERを実装するクラスD。この点はやはり今どきの選択ですね。CROSBYを聴いて驚いたのですが、ICEPOWERの聴感も世代差があるのですね。ICEPOWERモジュール自体を含めて各社のクラスDモジュールをベースしたアンプのサウンドは、クラスDアンプがメジャーになるその昔のタイミングで多数耳にしてきたのです。ただその時は、「ケタ違いのS/Nの良さに感心こそすれ、正直感動までは至らなかった」のが偽らざる感想。やはり方式の差は考慮しないといけないな、と思っていました。しかしながら、しなやかさと適度な肉質を合わせ持つCROSBYのサウンドをして「現時点に至ってのアンプ論に、増幅方式の差異は意識するほどの事で無くなったのかもしれない」と、認識を新たにしたのが正直なところであります。パワーアンプはアナログアンプであるべし、との意識を持たれているコワモテの方にも、是非お試しで一聴頂きたいなと感じています。
CROSBYの特長はステレオパワーアンプにもブリッジドモノラルアンプにもなること。小~中型程度のブックシェルフを6~8畳間にて普通の音量で鳴らす限りはステレオで大丈夫だと思いますが、低能率であったり、サービスエリアが大きく且つ音量の確保を求める場合は、やはりブリッジドモノが視野に入りましょう。ここでアドバンテージになるのが小形の筐体。ですから、ブリッジドモノに拡張したとしてもリスニングルームでの占有面積は圧倒的に小さいのです。機器もしっかりと離して設置する事が出来ます。ちなみに前述の環境でモノ化した場合のサウンドは、ダイナミクスの表現力が大きく向上します。このサイズで無理なくここまでパワーを叩き出せるなんで、時が進むに連れてアンプもやはり進化している事を突き付けられるようで、この恩恵を被りたくなる衝動は致し方ないものなのかもしれないですね。
今どきのアンプでありますから、タイトでスピード感あふれる現代的方向性のスピーカーには当然適性を持つわけですが、実は少しオールドファッションなスピーカーでもしっかりとマッチングします。例えば、80~90年代あたりのBBC系モニターと組み合わせた場合、ローレンジのハンドリングの素晴らしさにきっと気づいて頂けるはず。BBC調サウンドの魅力を損なうことなく、低域を程よく今風に寄せてくれること請け合いです。少々気難しい相手との組み合わせで、微妙な勘所というか、わきまえるべきポイントを理解している現代的なアンプって、正直あまり見かけないように思うのです。
▽さすがに手堅い。デジタルスペシャリストの手による Rockstarシリーズ Young mk3
M2TECHの中でCROSBYとペアになるだろうフロントはYOUNG mk3。マーク3ですので、USBDAC兼プリアンプのYOUNGシリーズは本作で三代目。ミニマリストアプローチで手堅い構成は今更ながら流石と言ったところ。馴染みのPCMハイレゾ32/384・DSD256対応に加えて、USB入力でのMQAデコーダー方式やBluetoothにも対応する多機能モデルな側面も持ちます。シンプルなスタイルの中に佇む品格高いサウンドは、ハイエンドレンジのオーディオに繋げても十分満たすクオリティ。音の濃淡を大変上手に表現するのですが、そのグラデーションの美しさは特筆すべきところ。実際のプライスを大きく超えるパフォーマンスなんじゃないかしら。またプリアンプ的性格を持ちまして、ボリュームが利くのは勿論ですがアナログRCA入力を一系統持ちます。(A/D変換はしません)
では、この機種をシステム的に考えてみましょう。CROSBYとYOUNG mk3間の接続はYOUNG mk3の出力端子の仕様からバランス接続がデフォルト。ちなみにアンバランスを希望する場合は、XLR-RCAの変換アダプタを用いてアンバランス出力化が可能です。 またYoung mk3のプリ出力は、高低二つの出力電圧を設定出来ます。これ、対向となるパワーアンプの入力感度に対しマッチングで追い込みも出来るというわけ。
で、ここからが皆様のオーディオ的な興味をそそられるところかと。両機をダイレクトに結線するのも大いに結構なのですが、間にアナログプリアンプを入れるかどうかも是非検討されてはいかがでしょう?アナログプリアンプと言わず、ライントランスやバッファアンプを介する手もありますね。「ストレートワイヤー志向で直接接続にするか? 音調志向から間接接続を選ぶか?」 このあたりの選択は個々人のオーディオ観や経験が存分に活かされる、オーディオの奥深さかと。システムをじっくり考えていきたくなるハイレベルなクオリティ、内々に秘めたるポテンシャルは、両機が冠に頂くRockstarシリーズの本質的魅力。
このRockstarシリーズ、これは主催のマルコさんご自身による設計。しなやかさ、程よい肉質感、美しい余韻表現。これは彼の手掛ける製品に共通する魅力のよう。デジアナ、両分野の特質を理解する人だからこそのサウンドチューンだな、と実感するのです。
▽機能の拡張性だけじゃない。実は担保されるベーシックなクオリティがポイントのEvo Twoシリーズ
もうひとつのラインのEVO TWOシリーズ。サウンド観点の特長はさわやかなキレ味。まさにデジタルサウンドの魅力でありまして、この溌剌さに加え、M2TECHがブランドとして有する品格と華やかさの融合、これは何気にハイレベルです。
このシリーズは、マルコさんのパートナーであるファビオさんが手掛けるライン。手のひらに乗るサイズのエントリーラインですが、このサウンドクオリティもまた素晴らしい。据え置きオーディオで要求されるクオリティレベルは十二分に確保されておりますから、ミドルレンジやハイエンドレンジのシステムを所有するオーディオファイルの方が、まずファイルオーディオのパフォーマンスを体験してみるのにも好ましいモデルと思うのです。EVO TWOシリーズと同じ10万円前後で展開されるUSBDACは多くのブランドが存在しているわけですが、この価格帯、ポータブルオーディオ寄りの性格が色濃いモデルと混在の状況です。私感ですが、据え置きオーディオで魅力を惹かれるポイントとポータブルオーディオでのそれ、実は異なるとの認識を持っておりまして、その点からM2TECH EVO TWOシリーズは据え置きオーディオファンの方に安心してお勧め出来るサウンドクオリティに感じます。
高精度外部クロックの追加利用やD/Dコンバータを介したDACとのI2S接続など、シリーズ中のオプションでビルトアップへの道筋を描くアップグレード展開を見据えたシリーズ構成は大変ラジカルなアプローチ。ただ、そのようなオプションの組み合わせを行わなくとも、基本モデルで十分なクオリティを持っていますので、まずはUSBDAC単体の導入からスタートして頂くのがよろしいかと。なお、EVO TWOシリーズは純正のAC/DCアダプターからiFi audio iPowerあたりのオーディオグレードAC/DCアダプターにチェンジすると、サウンドがより落ち着いてオーディオ的な魅力が増してきますよ。このラインの使いこなしのTIPSとしまして。
▽EVO TWOシリーズで特におススメしてみたい二機種
まずはUSBDACのEVO DAC TWO PLUS。DACとしてベーシックな観点から見たときのサウンドクオリティの高さに加え、ユーザー側の意志次第で前述のアップグレードパスが設けられている点がポイント。元々素性のいいEVO DAC TWO PLUSだからこそ、そのビルドアップ志向が存分に活かされるのでありましょう。清涼感とキレが抜群でバランス感覚に優れたサウンドは、ヨーロピアンハイファイシステムに対して特にマッチングがいいと思いますよ。スモールボディモデルとけっして侮るなかれ。
もうひとつはデジタルフォノイコライザー兼USBDACのEVO PHONODAC TWO。JOPLIN mk2と同じ機能を実装してることからもちろんA/Dコンバータなわけですが、DACチップなどの基本仕様はEVO DAC TWO PLUSと同様と解してよいD/Aコンバータでもあります。小さなシャシーの中にADCチップとDACチップと両方実装していますので、この一台があればソースはデジアナどちらも集線可能。つまりはデジタルフォノイコとして動きもするし、もちろん単体USBDACとしても動作するのがポイントです。JOPLIN mk2のように別途DACを別途用意する必要はありませんし、情感あふれるアナログだけでなくクオリティの高いデジタルも楽しめる、「一粒で二度オイシイ」 今どきのユーティリティと言えます。機能とサウンドクオリティに対するその価格を思うと驚愕です。それでいてこれは輸入品なんだもの。にわかには信じられません。
▽オーディオと音楽が大好きなひとが手掛けていることをじわっと感じるM2TECH
Rockstarシリーズでも Evo Twoシリーズでも、実際に使ってみるとひしひし感じる事。サウンドに加えて、機能上の細かい配慮などを見ますと「あ、オーディオを好きな人が作ってる機械」だと実感します。サウンド的な進化を伴いつつモノブロック化も可能なCROSBY、スペシャリストが高いレベルで手堅くまとめたYOUNG mk3、外部クロックやI2Sの入力が可能で先鋭志向のEVO DAC TWO PLUS、ワンボディでデジアナに入力対応する革新性光ったEVO PHONODAC TWO。PCオーディオがハイレゾを包括し、今や成熟化するファイルオーディオの流れにおいて、少し前まではニューカマーだったM2TECHも同じく程よい熟成感に至りました。
じわっと来る味わいと趣味性の高さ、「違いのワカル大人」にこそ感じ取って頂けるはずです。