パソコン通信と呼ばれた時代、そんな時分からコンシューマオーディオのマニアな情報はオンライン上で活発に交換されていました。この記事をご覧の皆さんの中にもそのころからのベテランさんがいらっしゃると思うのです。時を経て、PCやそれに関連する製品を伴うファイルオーディオの波が訪れると、オーディオの知識として要求される内容が大きく様変わりしました。ハードウェア指向からソフトウェア指向へ、この数年で領域が大きく広がったわけです。アプリケーションの扱いを手始めに、コーデックやコンテナの様なフォーマットへの理解、ネットワーク構成やサービス仕様への理解など、IT領域の周辺知識に対する認識度合いへと比重が移ってきたと言えましょう。
そんな中、現在市井の日本語記述のwebコンテンツにおいて有用な情報源と認知されるブログが存在します。
「言の葉の穴」
東北でしたためられ発信されるこのブログ、ネットワークオーディオに伴うHow toにおいて知らない人はいないのではないか?と思われるほどの認知度。今回のイベントはこのブログの主催、逆木一さんによる講義スタイルでお送りしました。
ネットワークオーディオ領域でのファイル取扱い全般にわたる知識を網羅し、ベーシックな内容を元にしながらも有用で、且つノウハウ満載なセミナーでありました。個々の内容については「言の葉の穴」に記述されたコンテンツのリアル講義篇と言えますので詳細解説は割愛する事にしまして、主にこのご報告記事ではオリオスペックの目を通す “逆木一さんのお人柄” に焦点を当ててみたいと思います。
▽在野の一ユーザー的感性
オーディオ関連の各種メディアを主な活動領域とされているかと思えば、「実は自分のブログです」と逆木さんご自身は仰います。すなわちスタンスは在野。想像と違っていて大変印象的でした。
お話を伺っていると、実のところとても貪欲に勉強していらっしゃる。新しいアプリケーションやサービスをいち早く試し、それを深く掘って使いこなしに試行錯誤を凝らす。いわゆる人柱。不明点は海外の情報に至るまで解決策を追い求める。端的に言うと地道な活動、他人依存ではなく楽な事などしない。高次元なノウハウはそうやって溜まっていくものだったりするのが現実なのでしょう。そして貪欲に蓄積したノウハウは惜しげもなく公開しつづける。逆木さんのブログで提供される情報は広くて深く、また体系的。身も蓋も無く言い切ってしまうと、スピード感を含めて既存メディアを軽く超越するコンテンツレベル。在野の一個人による成果物。
お客様との質疑応答の中で、逆木さんご自身による失敗の体験談も躊躇なくご披露なさいます。例えば、もっとタグ付けやジャケ写の完成度を上げたいがために既存のデータに見切りをつけて、700枚に渡り再びリッピングをし直した、とか。「この人にもあったんだな、そんなこと」「ああ、それ悩むよな」、頷かれる方も多かったのです。
イベント内容で特に印象に残るものは、「ライブラリ構築の工夫や拘り、ここにいる皆さんで披露し合いましょう」という件。これ、逆木さんのアマチュアリズムの現れではないかと思うのです。自身の試行錯誤の結果だけでは飽き足らず、「他の人のテクニックにも触れてみたい」「有益なアイデアをもっと学びたい」とされる姿勢が伝わって来るよう。そして、イベント本編が終わった後も閉店まで会場に残ったお客様とずっと情報交換なさる姿。お客様も楽しそうなんですが、逆木さんご自身も楽しそう。話し声は留まることがありません。思うところ、その時がいちばん活き活きとした顔をなさっていましたね。逆木さんも「ファイルオーディオを愛しているユーザー」なんでしょうねえ。
「ユーザーであり続けること」、これはオリオスペックの立ち位置としてもっとも大切している意識ですが、逆木さんによる今回のイベントはまさにその体現であったのかもしれません。
▽このイベントで逆木さんが伝えたかったものは何なのだろうか?
逆木さんが伝えかったものを改めて思い起こしてみました。それは「ファイルオーディオ独特の使い勝手をフルに満喫するため、その下準備はしっかりしておこう。それが根本です」と言う事。「下準備さえできていれば、その先はどんなスタイルでも変わらず楽しさを満喫できますよ」と。
下準備とは何か? それはファイルのタグ付けや編集を例とする、“音源ファイル管理”のこと。この作業をして面倒な工程を効率よく上手に進めるためには、「自分は音源をどのように分類したいのか」という意思を明確にしなければならないと指摘されました。意思はパーソナルなものなので、他者に都合の良い手法が自分に合致するとは限らない。ルールは自分自身で決めてください、と仰るわけです。この言葉、「とても重いな」と。
逆木さんのプレゼンは実践的です。破たんしたライブラリから何が起こるか? タグもジャケ写も未管理なライブラリをもって、どういう結果に至らしめるか? 実操作をもってお客様に体験してもらうのです。ファイル管理そのものに手を抜くと、如何によく作られたコントロールアプリやサーバ、ハードウェアを利用したとしても全く意味を成さない不都合な真実、目前に突きつけられます。上っ面だけじゃダメだ、というわけです。我々の様なオーディオ業界関係者の中でまかり通っているファイルオーディオ紹介へのスタンス、そんな昨今の風潮に対するアイロニーのよう。礼儀正しく丁寧な言葉使い、柔和な表情。物静かな佇まいの逆木さんから突き付けられた言葉は主催者側である筆者自身の胸をも鋭く抉ります。
破たんしたライブラリが引き起こす現実を踏まえて、リッピングからタグ編集までの手順、実際の作業で追っていきます。注意すべきポイントのひとつひとつを確認しながら手順を踏み、結果その人にとっての理想形となろうライブラリの構築を試みるわけです。リッピング時のフォーマットを含め、タグ編集のルール決めをはじめとした一切は、お客様の中の代表者の意思によってその場で決められていきます。過程において、リッパーがタグ情報を自動補間するために利用するオンラインデータベースの不完全さにまず気が付きます。兎角めちゃくちゃになりがちなジャンルなどは一般的な形に拘らずとも、自分自身のツボに合う形の“マイオリジナルジャンル”を作って編集してしまうのも意外に便利なんですよ、と一言アドバイスも。そんな流れを延々と繰り返します。
お客様の意思決定により完成されたライブラリをタブレット上のコントローラで操作してみますと、楽曲選択のスピードアップが見て取れます。他にもジャケ写の解像度への拘りなど、自分好みに手を掛けた事がその後の操作のしやすさや楽しさ、満足感に大きくフィードバックされた結果を実感するのでした。故に、「タグ情報のカスタマイズはファイルオーディオを楽しみ尽くすための根幹」と逆木さんは仰るのでしょう。
▽関連する情報も散りばめられます
今回のイベントではCanarino Filesを母艦にすべての工程をPCベースで行っておりまして、リッパーをdBPowerAMP、タグ編集ツールをMediaMonkeyとしています。dBPowerAMPについてはオリオスペックが標準で利用しているツールです。さて、タグ編集ツールです。おや?と思われた方がいらっしゃるかもしれませんね。レンダラーとして利用される事の多かった、あのMediaMonkeyです。これは逆木さんのおススメでして、「実はタグ編集機能が高度なのでその目的で十分に通用しますよ」との事なのです。操作感を見ますと、ライブラリ全体を確認しつつまとめて編集が可能である事やタグ情報を基にファイル名の生成を可能にしたり、その逆も実現しますので、確かによく出来ているなと感じました。フリーウェアである事も重要なポイントですね。レンダラーとして利用せずとも高機能タグ編集ツールのひとつとしてPCにインストールしておくのは一計のように思います。
リッピングの際にファイルフォーマットの選択肢として上がるのがFLACとWAVE。タグを駆使してカスタムを図る方の多くは、表示関連の挙動で不用意な事が起こりにくいFLACの選択が多いのでしょう。しかしながら、非圧縮なWAVEでリッピングしたいとされる方もいらっしゃるわけです。WAVEにもタグはあるものの、この場合、サーバ側のタグ情報参照の仕様差によって表示の仕方が一定しないという事実、ご存知の方も多いかと。タブレット上のコントロールアプリから見ると文字化けしていたりとか、まあ色々と具合の悪い挙動が見受けられます。これ、コントロールアプリ側の問題ではなくあくまでサーバ側の問題。特に、これまで事実上の標準と化していたTwonky Media Serverの仕様はWAVEファイルのタグに対して親和性が低かったが故に、「WAVEにはタグが無い」なんていう誤解すら与えたのではないか?と、逆木さんは指摘されます。
WAVE単一のみならず、FLACとWAVEの混在環境の方ももちろんいらっしゃるのではないかと。そこで逆木さんがご提案されるのが、サーバソフトの複数利用。現時点で標準的なTwonky Media Serverだけでなく、これ以外にもサーバソフトはいくつも存在しています。MinimserverやAsset UPnPなどはその代表例でしょう。「言の葉の穴」にある通り、Asset UPnPはwaveファイルのタグに対する親和性が特に高いサーバでしょうし、Minimserverもタグ編集時の文字コードをUnicode16とする制限はあるものの親和性は高い方と解せましょう。また、QNAPやオーディオ用NASだけでなくPCだってサーバ化出来ますから、プラットフォームも含めて様々な観点からの選択肢が存在しています。開発ベンダーそのものの問題から先行きが不透明なTwonky Media Serverへの懸念もありますので、この分野の掘り下げはこれからホットになっていく話題であろうと想像されます。
逆木さんによる興味深い指摘は、他にもありました。「もうネットワークオーディオとPCオーディオを分けて考えるのはやめませんか?」と。一般的にマウスで操作するPCベースのシステムですが、レンダラーを選択しさえすれば、今ではタブレット上のコントローラを経由してマウスレス操作が可能です。世間的には“見た目の操作スタイル”からネットワークオーディオとPCオーディオを分類される方が多いように見受けられますので、そのご指摘は確かに現況を突いているように思います。
個々の詳細は割愛しましたが、延長を含め 三時間ワンセットのセミナーの中で逆木さんが伝えようと試みた内容は、ベーシックな視点をベースにしつつもタイムリーな話題にすら切り込んでおりまして、果てしなく濃かったなと改めて感じます。
▽皆さまへの御礼
このイベント、大変反響が大きく、告知段階から参加のお申込みをたくさんいただきました。午前・午後の二回開催とさせて頂いたわけでございますが、参加をご希望の皆さますべてにお席をご用意できなったこと、心よりお詫びいたします。また、当日ご参加頂きました皆さま、並びにお申込みを頂きました皆さまに御礼申し上げます。逆木一さんからのたいへんウレシイお申し出もございまして、今後回を重ねて同様のイベントを開催していければ、と考えております。来たる折にも是非ご参加ください。
以上を以て、報告とさせて頂きます。